青い檻
- みりん
- 2022年5月29日
- 読了時間: 5分
ちょっと何言ってるのかわからないかもしれないが、最近、ロナルド君の私を見る目がおかしい。具体的にどうおかしいのか、と聞かれたら上手く答えられないのだが、なんというか、こう、じっとりしている。例えばお風呂上りの時、何故か知らんが舐めるような目つきで上から下までじっと見てくる。例えば夜食を作った時、料理よりそれを運んでくる私の方を、ありがたいものを拝むような、神聖なものを見るような目で見てくる。例えば私が他の誰かと話している時、そうだ、そもそも気づいたきっかけはそれなのだ。
その日、私はゲーム配信をしていた。その日はいつもより常連さんが多くて、いつもありがとう〇〇さん、この時間は忙しいんじゃなかったっけ? へえ、わざわざ時間を作ってくれたんだ、嬉しいーなんて当たり障りのない話をしていた。すると突然コメント欄がざわつき初めて、後ろ後ろーなんて言われるから火事でも起こったのかと思って振り向いたら、人でも殺してきたのかみたいな顔をしたロナルド君がいた。
「〇〇さんって誰だよ」
「え、いや、配信の常連さんだけど……何?」
「そいつはお前の何なの?」
「いや、だから配信の常連さんだって……」
そんな会話をしたと思う。私が呆気に取られていると、ロナルド君はきまりが悪そうにその場を出て行った。何だったんだ、と思ってモニターに視線を戻すと「こっわ」というコメントで溢れかえっていた。「こっわ」「なにあれ?」「え、なに付き合ってるの?」
いやいやいや、誰と誰が付き合ってるって? 慌てて否定をしたが、コメントの激流は止まらない。「彼氏ヅラウケる」「いやあんなん絶対好きやん」「独占欲エッグ」「挙式はいつですか?」「振るならちゃんと振ってやれよ」まってまってまって、だから違うんだって、私と彼はそんなんじゃないんだって。しかし皆聞いてくれない。「いやドラドラちゃん鈍感すぎだって」「あれは絶対好きだって」「じゃなかったら何なんだよって感じ」そう? 本当にそう思う? でもまぁ第三者から見ていてそうってことはそうなのかもしれない。それから私はロナルド君の様子を伺うことにした。
そして約一週間。確信した。ロナルド君は私が好きだ。あのおっぱい星人が何故こんなガリガリ砂おじさん(本人談)に劣情を向けているのか、ちょっとよく分からないのだが、まぁ若気の至りという奴だろう。放っておけばそのうち収まるはずだ。
しかし一か月経っても状況は変わらなかった。よくない。これは本当によくない。私が誰かと楽し気に話す度、彼は射殺さんばかりの視線を投げてくる。相手にも悪い為、最近はできるだけ人と話さないようにしていた。配信は頻度を減らしたし、一人で外出もしていない。そして退治に行くときは毎回連れていかれる。ずっとロナルド君とべったりの状態。そうすれば基本彼は上機嫌で、無駄に怖いオーラを出すような事もない。
しかしよくよく考えてみたら、彼は私の何でもないし、私は私以外の誰の物でもない。(しいて言えばジョンの物かな)だから、彼に束縛されるいわれはない。なのでこれからは自由にするぞと思い、窓から逃げることにした。幸い、ロナルド君は事務所で原稿に追われている。リビングの窓から逃げれば、まあ死ぬけれどバレることはないだろう。久々にギルドにでも行こうかな。会いたい人もたくさんいるな。そんなことを考えながら窓枠に手をかけると、不意に悪寒が走った。
あ、いる、後ろにいる。恐る恐る振り向くと、そこには無表情のロナルド君が立っていた。感情が読めない。怖い、怖い……!
「ろ、ろなるどくん……?」
「どこ行くんだよ」
「いや、ちょっと遊びにいこうと」
「窓から?」
「ま、窓から」
「なんで? 玄関から出ればいいじゃん」
そう言うと、ロナルド君は後ろから私に覆いかぶさった。窓枠にかけた右手に、ロナルド君のゴツい大きな手が被せられる。わあ、近い、近い。もう無理怖い怖い振り向けない。玄関からって、だってそうすると君ついてくるか止めるかするだろ、ついてきたらきたで空気を悪くするだろ、と喉まで出かかった言葉を飲み込む。何故かわからないけれどめちゃくちゃキレてるみたいだから、ここは変に煽らない方が良いだろう。
「なあ、どこ行こうとしてたんだよ」
低く重い声で、ロナルド君が耳元で囁く。背筋がぞわぞわする。ほ、捕食される。捕食される……!
「ろ、ロナルド君原稿あるでしょ……!」
「……」
「ほら集中したいだろうし、私ちょっと外で時間潰してこようかなぁなんて!」
「じゃあ俺も行く」
「話聞いてた?」
「うるせえな。……俺に黙って出て行こうとしてんじゃねえぞ」
「……出ていくだなんて、ちょっと遊びに行こうとしただけじゃない」
「黙れ! 黙れッ……」
そう吐き捨てるロナルド君の声は震えていた。重ねた右手がぎゅっと握られ、左手で抱き寄せられる。さっきまでの恐怖心は何処へやら、やたらと高いロナルド君の体温は、何故か私を安心させた。そうか、人間だもんな、君。
「……どうしたの」
「……」
「ここんとこ、ずっと変だよ」
「……」
「……どこにも行かないよ、私」
「……ほんとに?」
毒気が抜かれたような声に思わず振り向くと、ロナルド君の青い目には涙で膜が出来ていた。ああ、なんて綺麗な空の色。私と違う昼の色。
「なあ、君、私の事好きなんでしょ?」
「なっ!? だ、だだだだだだだだ誰が」
「いやここまでしといてそれはないでしょ……」
そう言うと、顔を真っ赤にさせてわたわたしていたロナルド君は、観念したように言葉を飲み込んだ。今度は正面から私をぎゅっと抱きしめると、蚊の鳴くような声で応えた。
「すき」
「うん」
「好きだ、ドラ公」
「うん」
ロナルド君の涙で、自分の肩口が濡れるのが分かった。何が悲しくて泣いているのか、もう、本当に、この五歳児は。
「なんで泣くの」
「……不安なんだ」
「私はどこにもいかないよ」
「……わかんないじゃん、そんなの」
そう言うと、ロナルド君はまた私を強く抱きしめた。どうしてこんなに自己肯定感が低いのだろう。この綺麗で優しい男は、どうしてこんなにも。
「じゃあさ、君が私の物になる?」
「え?」
ロナルド君が顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃになった真っ赤な顔。あーあ、台無しじゃないか。でも困ったな、嫌いじゃない。
「知ってるだろう? 吸血鬼は自分の物に執着するんだ」
「……」
「靴下一つ取られただけで、ああなってしまう私だぞ?」
「……なる」
「……」
「……なる。ドラ公の物に、なる。だから」
「わかってるよ。ずっと一緒だよ」
「……うん」
小さく返事をすると、ロナルド君はまた私の肩に顔を埋めて、嗚咽を漏らした。まあ、そうだね、ずっと、君が飽きるまでは、君が本当に好きな人を見つけるまでは、それまではずっと一緒だ。だからそれまでは、精々楽しくやろうじゃないか。
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