いい彼氏かわいい彼氏
- みりん
- 2022年5月28日
- 読了時間: 6分
「料理の出来ない男は人として終わってるのか?」
「なになになに突然……」
買い物から帰ってきたロナルド君が、思いつめたような顔をして言った。
「俺は人として終わってるのか?」
「だから何? 何が?」
「いや、俺だってまったく何もできない訳では……ほらカップ麺にお湯を入れるとか、レトルトカレーを温めるとか、そういうのは出来る、出来るはず、前は出来てた。前……? じゃあ今は……?」
「おい会話をしろ、会話を」
「レトルトカレーは……レンジで温める……? 直火……? おいドラ公、カレーある?」
「ないわ! なんでもいいが若造、おつかいはちゃんと済ませたのか?」
「あ? ああ、うん、これ……」
そう言ってレジ袋を差し出すロナルド君。中には卵が一パック。五歳児でもおつかいはちゃんと出来るみたいで、とりあえず一安心。
「よしよし。じゃあ今から作るから」
「……晩飯何?」
「さっきも言っただろ。カルボナーラ。あとサラダとか色々」
「……」
するとまた思いつめたような顔をして黙り込んでしまった五歳児。何? パスタじゃ不服か? それとも買い物に行かされたのが嫌だった? そもそもは君が晩御飯に使う予定の生卵を「ロッキーになりてえ!」とかって飲み干したのが原因だろ。それなのに、などと思っていると、五歳児は予想だにしない発言をかました。
「……俺も手伝う」
「は?」
「俺も手伝う!」
「そっかーお手伝いしてくれるのーえらいねーでも邪魔だから座ってろ」
「殺すわ」
「ヌワー! 理不尽!」
DV五歳児にぶん殴られて塵と化すかわいそうな私。ロナルド君はまだまだ何か言いたそうな目をしてこちらをじっと見る。が、付き合っていられない。床に転がったレジ袋を拾い上げ(奇跡的に卵は割れていなかった)さっさとキッチンに向かう。何故か無言でついてくる五歳児。無視だ。無視、無視。
***
まずは鍋いっぱいにお湯を沸かし、塩を入れてパスタを茹でる。タイマーを六分にセット。次にアルミのフライパンにオリーブオイルを入れ、火をつける。
「……」
「……」
五歳児が後ろからじっと見て来るが無視をする。次にベーコンを厚めの短冊切りにして、フライパンに投入。中火で全体に焼き色を付ける。いい感じに焦げ目がついたら、薄くスライスした玉ねぎを入れ、軽く炒める。
「……」
「……」
五歳児の視線がうるさいが無視をする。フライパンに白ワインとパスタのゆで汁を入れ、一旦放置。次に卵を、生卵を……。
「……」
「……」
「……飲むなよ」
「飲まねえよ!」
「あーもう! さっきから何なんだ!」
「なっ、別に邪魔してねえだろ!」
「気が散るんだよ! そうじっと見られると!」
「見るぐらい! いいだろ! べつに……」
そう言いながら、しょぼしょぼと小さくなるロナルド君。何なんだ、もう。全く調子が狂う……。
「……手伝う?」
ため息交じりにそう言うと、ロナルド君はパッと顔を輝かせた。
「手伝う!」
そう言って目をキラキラさせるロナルド君。非常に不本意だが、少しだけ可愛いと思ってしまった。……子育てってこんな感じなのかな? 知らないけど知るつもりもないけど!
「……じゃあその卵を、卵黄と卵白に分けてくれる?」
「は?」
「いやだから卵黄と……あ、黄身と白身に分けてくれる?」
「は?」
「は?」
「いや物理的に無理だろ」
「もういい座ってろ」
「ワーンごめんなさい教えろください!」
涙目で抱き着いてくる五歳児を振り払いながら(振り払えない)卵を手に取る。おそらく言っても分からないだろうから、実演指導するしかない。
「まずこう、卵にひびを入れるだろ」
「……」
腰に両手を回したまま、肩越しに私の手元をじっと見る五歳児。動きづらい。
「……放してくれる?」
「いいから続けろよ」
「はあ……で、こう、殻を半分に割るんだけど、中身が全部出ないように、そーっと、卵黄だけを残すようにして……」
「……?」
「で、反対の殻で残りの卵白を切るんだけど」
「……??」
「……無理そうだな。座ってろ」
「エーンやらせろください!」
「あーもうわかった! わかったから放せ!」
ようやっと離れたロナルド君に卵を渡す。まあいくら五歳児とは言え、やればできるだろ、このくらい。
「……」
「……あっ」
「……」
「も、もう一回……あれっ」
「……」
「な、中身が全部出ないように……」
「……」
「そーっと……」
「……」
「……なんで?」
「それはこっちの台詞だ!」
握力が五億ある暴力ゴリラは卵一つろくに割れないらしい。そういやロッキーやった時も「殻飲んじまった!」とか言ってたもんな。馬鹿なのかな? 馬鹿なんだろうな。
ボウルの中には白身と黄身と殻がぐちゃぐちゃに入り混じった無残な残骸。残る卵はあと一つ。と、パスタのゆで上がりを知らせるタイマーが鳴った。
「あーロナルド君、また今度教えてあげるから、今日はここまでね」
「えっ」
「えっじゃないんだよえっじゃ。パスタ伸びちゃうだろ」
返事を待たず、最初に割った無事な卵黄にもう一つそれを加え、生クリームと粉チーズを入れてさっと混ぜる。フライパンを弱火にかけ、ゆで上がったパスタを入れ、卵液を加える。
「……」
「……」
後ろからしがみついてくる五歳児が邪魔だが、気合で無視して卵液が固まりすぎないようにパスタと絡める。途中粉チーズを軽く足して、フライパンを煽って、完成。
「出来たぞ」
「……俺って役立たず?」
「まあ今日に限ってはそうかもしれんな」
「うっ……うッ……!」
「あーもう泣くな! ほら冷める前に食べてくれ!」
ぐずぐずと泣き始めた五歳児を席に促し、パスタを皿に盛る。仕上げに粉チーズとブラックペッパーを振って、サラダやら何やらと合わせて配膳する。
「ほら」
「……」
「食べないの?」
「……いただきます」
無言で食べ始めたロナルド君と反対側の席につき、その顔をじっと眺める。
「……美味しい?」
「……うまい」
「じゃあ何でそんな顔してるの」
眉間にしわを寄せて黙々と食べ進めるロナルド君。何があったのかは知らないが、そんな顔でこの私の料理を食べるだなんて、あまり気持ち、良くない。
「……さっきスーパーで」
「うん」
「女の人二人が話してるの聞いて」
「うん」
「彼氏が料理しないって。いつも私ばかりが作ってるって言ってて」
「……」
「手伝おうともしないって。手伝ってって言ったら、だって俺料理できないしって」
「……だから、料理が出来ない男は終わってるって?」
「……うん」
そう言って視線を落とすロナルド君。いつの間にか皿の中身は綺麗に空になっていて、わざわざ聞かなくても口に合ったというのが分かる。
「……でも君は手伝おうとしてくれただろ」
「そう! だけど! その話聞くまで気づかなかったし、それに結局、手伝えてねえし……」
「まあ、それは、否定しないが……」
「うッ……」
「泣くなって! あーもう……」
立ち上がって手を伸ばして、ロナルド君の涙を拭う。不安そうに私を見上げる空色の瞳。非常に非常に不本意だが、やはり可愛いと思ってしまう。
「……苦手な事は、無理してしなくていいんだよ」
「……」
「人には得手不得手があるだろう? 私は料理が得意、君は苦手。じゃあ私がやればいい。簡単な話だろ?」
「……でも」
「でも?」
「おれ、いい彼氏になりたい……」
そういってまたぽろぽろと泣き始めたロナルド君。形容のし難い感情が胸の奥から湧き出て来るのを感じる。ああ、もう、本当に、君ってやつは!
「かわいいなぁ……」
「は……?」
「じゃあさ、洗い物してくれる? あれたまに死ぬしちょっと手間なんだよね」
「!」
つい漏れ出た本音を誤魔化したくて、適当にそう言うと、五歳児君は「わかった!」と良いお返事をして立ち上がった。空になった食器を持ってキッチンに入り、すぐさま洗い物を始める。
「素直―……」
本当にロナルド君は、面白くて、可愛い。やることなすこと全てが予想外で、毎日退屈しない。
「……既にいい彼氏なんだけど」
「え? なんか言った? あ、」
と、ガシャーンと音がして皿が割れた。
「……」
「……」
「いい彼氏、なれるといいな……」
「エーン精一杯頑張ります!」
言いながら、ロナルド君はまたぶわっと泣いた。……いや、うん、まあ、可愛いからいいけど!
END
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