top of page

段違い勘違い狂騒曲

  • 執筆者の写真: みりん
    みりん
  • 2022年5月28日
  • 読了時間: 11分

 家主に無断で家探ししてやる〜と戸棚を物色していたマナー違反が見つけたのは、ロナルドとドラルクそれぞれの顔が印刷されたマグカップ。


「引き出物じゃん?!」


 マナー違反はにやりと笑った。公式発表される前に言いふらしてやる〜! と。


***


「息子は渡さんぞクソポール!!」

「なになになになになになに?!」


 ここ最近街の様子がおかしい、とロナルドは感じていた。街を歩いていると、通行人がやたらと温かい目で見てくる。何もめでたくないのにおめでとうございますと言われる。「やっとですね」「いつかそうなると思ってましたよ」なんて微笑まれる。

 ギルドメンバーには気を使われて、まだ仕事が残っていると言うのに「後はやっておくから、一人にしてやるなよ」なんて言われる。一人? 誰を? どういうこと? 家にいるのはドラルクとジョン。メビヤツ。キンデメ。死のゲーム。一人にしてやるなって何? 誰のこと? しかし当のドラルク達も何のことだかわかっていない様子で、依然として謎は深まるばかり。

 接する人接する人、いつもと違ってこそばゆい。「なんでお前らそんな優しいんだよ」と聞いても皆優しく微笑むばかり。照れんなよ、なんて背中を叩かれて周囲があらあらうふふと微笑むばかり。何? 何? 何? と居心地の悪さを感じ続けること一週間。謎の答えは、窓ガラスを突き破って侵入してきた。



「ドラルク! こんな男の何がいいんだ?! 芸術的なポールダンスがそんなにいいのか!?」

「何何なんですか藪から棒に!」

「ポールダンスならパパも出来るから! 技術の不足は努力で補う! だからなにもこの男に拘る必要はないだろう!?」

「まってまってまってくださいお父様、なんの話です?!」

「誤魔化さなくてもいいんだよドラルク。もう新横中が知ってることなんだから」

「だから何が?」

「クソポールぅ! 私は認めんからな!」

「いやだから何の話だよ! てかガラス割ってんじゃねえぞ弁償しろ馬鹿!」

「やかましい! 馬鹿は貴様だ! 私の可愛いドラルクになんてことを……」


 わなわなと震えるドラウス。展開について行けない様子のドラルクは、目を瞬かせてロナルドを見上げる。


「えっ君私に何かしたの?」

「してねーわ馬鹿!」

「馬鹿とは何だ! 仮にも伴侶に向かって!」

「はん何?」

「やはりあの時連れ帰るべきだった……行くぞドラルク! 今日からまた一緒に暮らそう!」

「待ってくださいお父様、なにをそんな突然」

「そうだぞドラウス。ドラルクはもう大人なんだから。本人の意思を尊重してやらないと」

「いやでもミラさん……ミラさん?!」


 一点に視線が集まる。そこにいたのはいつの間にか登場していたドラルクの母。


「いやどの口が……ってお母様まで、一体どうしたんです?」

「すまない……ポール君とのことを聞いたらいてもたってもいられず……」

「俺? 何?」

「ミラさん! 止めないでくれ、私はドラルクを連れて帰る! そしてもっと相応しい相手を……」

「ドラウス。二人はちゃんと考えて決めたんだ。割って入るのは野暮だとは思わないか?」

「しかしミラさん!」

「考えてもみてくれ。私達は祝福されて結婚したが、もしどちらかの家族に反対されたら? 想像してみてくれ。それはとても悲しい事だとは思わないか?」

「でもきっとドラルクにはもっと相応しい相手が、」

「それは私達が決めることじゃない。ドラルクはもう大人なんだ。私達が家族としてしてやれることは、ただ一つじゃないのか?」

「ミラさん……」

「もう帰ってくれます?」


 呆れた様子のドラルク。すごすごと引き下がるドラウス。ミラはドラルクに向き直ると、少しだけ悲しそうな顔をして言った。


「でもなドラルク。母さんは少しだけ寂しい」

「な、何がです?」

「相談してくれても良かったんじゃないか?」

「だから何が?」

「確かに私は、これまで親らしいことをして来られなかった。でもだからこそ、こんな時くらいは、頼ってほしかった……!」

「話聞いてます?」

「しかしそれも、これまで信用を積み重ねて来られなかった私の失態……」

「コミュニケーションって知ってる?」

「だからせめて、できる事をと思って……これ、色々な資料と申請書。これから必要になると思うから」


 そういうと、ミラはドラルクにA4サイズの茶封筒を差し出した。


「性別の壁も、種族の壁も、超えていけるから。母さんがついてるからな! ドラルク!」

「何? なんですかこれ?」

「わからないことがあったらなんでも聞いてくれ。じゃあ私は仕事に戻るから」

「あっ、まってミラさん!」

「おめでとう! 幸せにな!」


 そういうと、ミラとドラウスはコウモリとなって窓から飛び立った。後に残されたロナルドとドラルクは、なんとなく沈黙する。


「……」

「……」

「……いや何一つわからないんだが」

「あーっ!! 窓ガラス!!」


 と、事務所の扉がノックされた。


「すみません今日休業なん、……ヒマリ!」


 ガチャリと開いて入ってきたのは、ロナルドの妹ヒマリ。久しぶりに見る妹の姿に、ロナルドは顔を輝かせた。


「ひ(久しぶり)」

「ひ? ……ああ久しぶり! でもどうしたんだ? 突然」

「結婚(結婚するんだってね)」

「結婚?!???!??」


 突然の爆弾発言にショートしかけるロナルド。

 ――けけけけけ結婚?! いま結婚って言った?! 早くね?! 学生結婚?! 兄ちゃんは認めないぞ!


「おめ(おめでとう!)」

「おめ……?」


 ――あっ、そうか、ヒマリはおめでとうって言ってほしいのか! そうだ、さっきドラルクのお袋さんも言っていた。家族から反対されるのは悲しいことだって。祝福してやるのが、家族にできる唯一のことだって! 

 ロナルドはぐるぐると考え込むと、深く息を吸い込んで気合で口角を上げた。


「そ、うだな……! めでたいな……!」

「ん」


 短く頷くと、ヒマリはドラルクを見て頭を下げた。


「(これから小兄を)よろしくお願いします」

「えっ何が?」

「ハーレム(まさかあの時のハーレムの人と結婚だなんて笑)」

「なになんて?」

「は?!???!!?!!??!!!? おいドラ公てめぇどういう」


 ――まてまてまてまてどういうことだ? ヒマリが結婚。そこまではわかった。そして俺は祝福しなければならない。それもわかった。しかしドラ公に向かってよろしくお願いします? ハーレム? じゃあ何かつまり、これからヒマリはドラ公と結婚もとい、ドラ公が作ったハーレムの一員になるってこと?! いやいやいやいくらなんでもそれは、


「いや無理殺す殺す殺す……!」

「まてまてまてロナルド君! 多分なんか勘違いしてる! 何かわかんないけど多分すごい勘違いしてる!!」


 最終兵器と化したロナルドがドラルクに詰め寄る。と、ヒマリがそれを見てくすりと笑った。


「ヒマリ……? どうした……?」

「仲良し! 邪魔、帰る(邪魔しちゃ悪いから帰るね)」


 そう言うと、ヒマリはそそくさと出ていってしまった。


「あっおいヒマリ! ……邪魔? ドラ公との邪魔をする兄なんかいらないってことか……? おいドラ公てめぇ!!」

「だから絶対勘違いだって、」

「ロナルドしゃーん!!」


 と、割れた窓から飛び込んできたのはオータム書店のサンズ。反射的に飛び上がるロナルド。


「いらっ!! しゃいませー!! うわなんだサンズさんか、どうしたんですか……?」


 ドラルクを絞め殺しながらサンズに向き直るロナルド。サンズは泣いていた。めちゃくちゃに泣いていた。


「ろ、ロナルドしゃん……聞きました……私は、私は悔しいです……!」

「何何何何何?」

「あんなガリガリクソ雑魚砂にこのサンズちゃんが負けるだなんて……」

「何お前サンズさんに何した?」

「しとらんわ!」

「そんなことあってはならない! ドラルク! 決闘を申し込みます!」

「何何何何何?!」

「ロナルドしゃんは渡しませーん!」


 と手裏剣を投げるサンズ。見事命中しドラルクはあっという間に崩れ落ちた。そして再生しかかった所を殺され再生しかかった所を殺され再生しかかった所を殺されの無限ループ。地獄か?


「ねえ外でやってくれる!?」


 しかしロナルドの叫びも虚しく無限殺戮は続く続く。地獄だ。


「諦めなさい! 負けを認めなさい! ドラルク!!」

「まってほんとまっ、やめ、人の心ないの? ちょっとほんと、アー!!!」


 そして10分ほど経過したその時、我に返ったロナルドはようやく止めに入った。


「さ、サンズさんそろそろ……」

「ロナルドさん?! そこをどいてください!」

「ドラ公が何したかは知らないけど、そろそろ勘弁してやってくれません………? あとほらここ一応賃貸だし」

「ろ、ロナルドしゃん……」

「あー、それにほら、どうやったってこのクソ砂がサンズさんに勝てるわけないじゃないですか。だから今日はこのへんで」

「私の負けでしゅ!!」

「なんで?」

「愛し合う二人の前ではサンズちゃんはおじゃま虫……!」

「愛し合うって何……愛し合うって何?!」

「ウワーン! サンズちゃんはロナルドしゃんの幸せを祈っておりまーす!!」


 そうむせび泣きながらサンズは割れた窓から出て行った。静かになる事務所。愕然とするロナルド。


「……」

「……」

「あ、愛し合うって何……?」

「やだなそれだと私まで君のこと好きみたいじゃないか」


 うんざりしてそう言うドラルク。ロナルドはハッとする。

 ――私までって言った? 私が君のこと好きみたいじゃないか、じゃなくて、私までって言った?


「は?!???!??? お前なんて」

「え、だって君私のこと好きなんでしょ?」

「だだだだだだだだだだ誰が!! 誰がてめぇみてえなクソ雑魚砂のこと、」

「いや見てたらわかるし。それに寝言」

「寝言?!」


 と、ドラルクは無言でスマホを取り出し画面を見せた。ロナルドの寝顔が映っている。再生ボタンを押すと、画面の中のロナルドは苦しげに唸った。 


『うう……どらこう……すき、すき……』

「アババヴェビピロッパラヴェエエ!!!」


 反射的に殴って殺してスマホを奪った。画面の中のロナルドは、瞼を閉じたままぽろりぽろりと涙を溢し、「どらこう……すきだ……ドラ公……」なんて呟いている。何だこれ地獄か? 地獄だな。


「いやー君のこと全然そんな目で見たことなかったけど、流石にぐらっときちゃったよねー」

「うるせー馬鹿、……え?」


 瞬間、着信音が鳴り響いた。反射的に通話ボタンを押すと、聞こえてきたのはショットの声。


「はいロナルド……」

「 あれ? ドラルクにかけたつもりだったんだが。お前いくら電話してもでねーし」

「え? ああ、悪いちょっと取り込んでて」

「忙しいのか? ああそっかもうすぐだもんな。今日来れそう?」

「今日? 何かあったっけ……」

「忘れたのかよ! マスターが話があるって。ドラルクも連れてこいって言ってただろ」

「ああ! 忘れてた! 悪いすぐ行く!」


 通話を切り、再生したドラルクにスマホを返す。ロナルドは上着を羽織り帽子を被ると、ドラルクに行くぞと声をかけた。


「行くってどこに?」

「ギルドだよ。お前と一緒に来いって言われてたの忘れてたんだ」

「一緒に? なんで?」

「知らねえ。ほら行くぞ。……おいさっきの」

「何?」

「帰ったら、さっきの話の、続きを聞かせろ!」

「さっきのって、あっ待って!」


 顔が熱くなるのを感じる。ロナルドは赤くなった顔を見られまいと、さっさと事務所を出た。


 そしてところ変わって退治人ギルド。カランカランとドアを開けると、パンパンとクラッカーの弾ける音、そしてギルドメンバー達の明るい声が降ってきた。


「「ご結婚おめでとーございます!!」」


 瞬間、無言になるロナルドとドラルク。見ると店内はパーティー会場と化しており、『ロナルド・ドラルク 結婚おめでとう』なんて横断幕が飾ってある。


「……はい?」

「いやー、やっとか、めでたいな!」

「ロナルドの事だから、言い出せないまま終わっちまうんじゃねーかと俺は不安で不安で……」

「やるときはやる男ね! ロナルド!」

「まって何の話……?」

「しらばっくれるなよ! もう新横中のうわさだぜ?」

「だから何が……?」

「結婚するんだろ? お前ら!」

「だ、誰と誰が……?」

「いやお前とドラルクが!」

「はい……?」


 すぐ隣に視線をやると、私も知らないとばかりに首をぶんぶん横に振るドラルク。何、何……?


「いやー、でも最初マナーの奴から話を聞いたときは耳を疑ったなー」

「そうか? 俺はいつかこうなるってわかってたけどな」

「そういうショットもめちゃくちゃ驚いてただろー」


 和気あいあいと盛り上がるギルドメンバー達。何、何、何?

 ――状況を整理しよう。ここ最近、街の様子がおかしかった。さっきのドラ公の親父さんとお袋さんも、ヒマリも、サンズさんも、みんながみんな、俺とドラ公が結婚すると勘違いしている。そしてその噂の出どころは、


「マナー違反……?」

「公式発表前に言いふらしてやったぜ〜!」


 そう言ってカウンターの席で楽しげに笑う吸血鬼マナー違反。ごとごと、ぐつぐつ、ロナルドの身体中の血液が沸騰する沸騰する。


「てめぇか……てめぇのせいか……」

「ろ、ロナルドさん……?」

「死ね!!!!!!!!!!!!!!」


 ロナルドの右ストレートを受けたマナー違反は、10メートルぐらい飛んだ。


***


「「誤解ィ〜?」」


 半べそをかくマナー違反を正座させ、ギルドメンバーに状況を説明する。オータム書店がロナ戦販促のために作ったロナルド・ドラルクイケメンマグカップ。それを見たマナー違反が、これは引き出物?! つまり結婚するってコト?! と勘違いし、言いふらしまくった結果がこの惨状だ。


「おいおい俺たちはてっきり……」

「だってさ! あんなの見たら普通引き出物かと思うじゃんか!」

「思わねーわ馬鹿! なんでそうなるんだよ!」

 ロナルドがそう怒鳴ると、ショットが神妙な面持ちで言った。

「いやー、でもな、マナーがそう思うのも仕方ないっていうか……」

「は?」


 ぽかんとするロナルド。サテツもショットに同意する。


「だってずっと付き合ってるだろ……? 最初結婚って聞いたときは驚いたけど、まあ時期的にそろそろかなって」

「つ、付き合ってる? 誰と誰が?」

「え? いや、ロナルドとドラルク……」

「誰と誰が?」

「ロナルドとドラ……え? まさかお前ら、付き合って……ない……?」

「いやいやいや流石にそりゃねーだろ! なあロナルド! ロナルド……?」


 店内に沈黙が落ちる落ちる。それを切り裂いたのは、ドラルクの平然とした声だった。


「いや付き合ってないけど」

「は? マジ?」

「そもそも私若造のことそういう目で見たことないし」

「えっ、いやロナルド……?」


 はっとしてロナルドを見るマリア。ギルドメンバーの視線が、ぐさりぐさりとロナルドを突き刺す。いたたまれない。不憫。かわいそう。そんな明確な意思を持った視線。あまりにも、痛かった。


 ――あーもう! あーもう! もうヤケだ!


「あーそうだよ好きだよ悪いかよ!! ドラ公が俺のことそういう目で見てないのは知ってた!! けどさ、さっきのさ……」


 羞恥心やら緊張やら怒りやらで視界が滲む滲む。顔が熱い。ロナルドはドラルクの手を握ると、強引に視線を合わせて言った。


「ぐらっと来たって言ってたの、あれ、どうやったらまたできる……?」


 きっと今、自分はひどく情けない顔をしている。そう思うと、更に涙が迫り上がってきた。

 ――なんだよ! なんで何も言わねえんだよ!

 そんなロナルドに迫られて、ドラルクはみるみる顔を赤くすると、声を上ずらせて言った。


「つ、付き合おっか……!」


 わっと歓声が上がった。


 結婚おめでとうパーティーは予定を変更。横断幕は書き直されて、その日ギルドではロナルド・ドラルク交際記念パーティーが夜が明けるまで行われた。ロナルドは嬉しいやら恥ずかしいやら何やらで、一晩中泣いていた。ドラルクもなんだか、満更でもなさそうだった。





完!


最新記事

すべて表示
音を拾う

春の夜は音で溢れている。静寂が張り詰める冬のそれとは対照的で、例えば人の話し声だとか、虫の羽音だとか、風の音だとか。存在するものはさして変わらない筈なのに、春の柔らかい空気は全ての音を優しく拾う。今もほら、開け放たれた窓からは、風に乗って楽し気な笑い声が滑り込んで来る。...

 
 
 
息継ぎ

息をするのも忘れて、と言う。 子供の頃、風呂に潜るのが好きだった。柔らかく包まれる感触。ゆるく差し込む浴室灯の光。ぼんやりと揺れる視界。耳の中では膜を張ったような音がして、世界から隔絶されたような、ここではないどこかにいるような、そんな気持ちになった。...

 
 
 
いい彼氏かわいい彼氏

「料理の出来ない男は人として終わってるのか?」 「なになになに突然……」 買い物から帰ってきたロナルド君が、思いつめたような顔をして言った。 「俺は人として終わってるのか?」 「だから何? 何が?」 「いや、俺だってまったく何もできない訳では……ほらカップ麺にお湯を入れると...

 
 
 

Comments


​公式とは何の関係もありませんよ!

bottom of page