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好きなら好きって素直に言えよ!

  • 執筆者の写真: みりん
    みりん
  • 2022年5月28日
  • 読了時間: 10分

 お祖父様特製嘘が吐けなくなる薬~! これを飲めば、本人の意思に関係なく本当の事しか言えなくなっちゃう~! ってやつを若造に飲ませようとして私が飲んだ。

 いや違うんだ聞いてくれ。そもそもはロナルド君が悪いのだ。「お前が好きだ」と今にも泣き出しそうな顔で告げられたのが半年前。思いもかけない展開に目を瞬かせつつも面白そうなので二つ返事でOKし、なんだかんだ今日まで関係が続いている。

 同居人から恋人へ。関係性が変化しても日々の生活はあまり変わらず、童貞サイコパスルド君は私をボコスカ殺す。毎日殺す。付き合う以前より何故だか増えた殺傷回数。殺されて殺されて殺されてたまに思い出したかのようにベッドに引きずり込まれ好きだ好きだと囁かれる。その時だけ、ベッドの中でだけは好きだと言われる。

 初めのうちはそれでよかった。慣れない行為にいっぱいいっぱいになりながら、熱の籠った泣きそうな声で好きだと囁く低い声。鼓膜を通った熱は身体をどろどろに溶かして私を狂わせた。そう、私はおかしかったのだ。これで良いやと思ってしまった。普段は暴力的で愛の言葉一つ囁けないけれど、ベッドの中の彼は違うからと変に納得してしまった。普段は気軽にぶち殺してくる暴力的な彼だけど、ベッドの中では大切にしてくれるからまあいいやと。


 いや良くない。良くないだろ普通に。好きな相手を殺すなよ。好きなら好きって素直に言えよ。じゃないとドラドラちゃんどっか行っちゃうぞと迫ってみたりなんかもしたのだけれど、無言で殺され瓶詰めにされかけたので以後控えている。

 が、しかし、だ。やはりこんなのは間違っている。毎日毎日殴って殺され叩いて殺され投げ飛ばして殺され殺され殺されこんなの健全じゃない間違ってる! ベッドの中では優しいからって馬鹿なの? それで許される訳なくない? なんで許してたの私惚れた弱みって奴? いや違う惚れてない惚れてない惚れてない。そもそもはロナルド君から私に言い寄って来たのだ。心優しい私はそれに付き合っているだけ。そのことを若造に理解らせないと。自分の立場を理解させないと。好きだ愛してると五億回言わせないと。じゃないと、このウルトラスーパーキュートなドラドラちゃんの立つ瀬がない。

 なのでお祖父様に頼んで嘘が吐けなくなる薬を作ってもらった。若造が私にベタ惚れなのは明白なので、あとは素直にさえなってもらえば良い。この薬を飲めば、本人の意思とは無関係に口からはぼろぼろぼろぼろ本音が零れる。真っ赤な顔で怒り狂いながら好きだ好きだと連呼する若造の姿を想像して、思わず頬が緩んだ。

 のに、である。間違って自分で飲んじゃった。いや意味わかんないよねわかるわかるだって自分でも意味わかんないんだもん。ペットボトルに移して冷蔵庫に入れて冷やして若造が風呂から上がったタイミングで渡そうと思っていたのについうっかり自分で飲んでしまった。知ってるよ馬鹿なんだよIQ五億もないんだよ!

 まずいこのままではまずい非常にまずい。若造が帰ってくるまでに逃げなくては――と思った瞬間玄関の戸がガチャリと開いた。もしかしたら世界は私の敵なのかもしれない。


***


 今が人生のピークかもしれない。人生で初めて恋人ができた。同居人であるクソ雑魚ガリガリ砂おじさんについうっかり惚れてしまい、脳内をあいつ色一色に塗りつぶされて早数か月。好きで好きで好きで好きで、気づけば目であいつを追っていて、あいつのことばかり考えていて、日常生活に支障が出てきてこのままでは不味いと意を決して告白した。あのクソ雑魚ガリガリ砂おじさんに頭を下げるだなんて普段の俺では考えられない事だが、仕方がない。一度ついてしまった火は簡単には消えない。お前が好きだ付き合ってくれと悔しさとか恥ずかしさとか愛とか恋とか色んなものをないまぜにしてあいつに告げた。怒鳴った叫んだ。好きだお前が! 好きだ!

 そのかいあって俺とあいつは晴れて恋人同士となった。人生で初めてできた恋人! 家に帰れば恋人がいる! これはアレじゃないか、所謂リア充という奴ではないか。やったやったやったやった! あいつが視界に入るだけで嬉しい! あいつの一挙一動が愛しい! 毎日がキラキラキラキラ輝いて、生まれてきてよかったな生きててよかったなと世界の全てに感謝する。やったー! 俺幸せだ! ドラ公が大好きだ!

 本当にもうあのクソ雑魚砂おじさんに何故こんなにもと不本意な事この上ないのだが、俺はあいつのことが好きだ大好きだ。しかし口に出したら負けなので出来るだけ言わないようにしている。好きとか大好きとか愛してるとか、そう言う台詞はぐっと堪えて心の奥にしまっている。だって俺ばっかり好きみたいで悔しいから。俺から告白したとは言え、あいつも満更じゃなさそうだった。受け入れてくれたという事は、少なからずあいつも俺に好意があるって事だろ? それなのに俺ばかり好き好き言うのはフェアじゃない。俺だって好き好き言われたい。なのにあいつは言わない。だから俺も言わない。ベッドの中では流石に漏れ出てしまうが、普段は心に蓋をして、どうしても想いが溢れて止まらない時は暴力で解決している。やはり暴力、暴力は全てを解決する……!


 そんな事を思いながら事務所の扉をガチャリと開ける。いつもなら可愛い可愛いドラ公が憎まれ口を叩きながら、しかし満更でもなさそうに出迎えてくれる。

 それなのに、だ。今目の前にいるドラ公は引きつった顔で虫でも見るような目で俺を見る。何何? 何そのエロ動画再生しようとした瞬間に家族にご飯よーって言われた時みたいな顔?


「ドラ公?」

「……」


 ドラ公は答えない。引きつった顔のままうろうろうろうろ視線をさ迷わせる。何? なんだよその顔。言いたい事があるならハッキリ言えよ。


「なんだよその顔」

「……」

「……何かあったのか?」

「……」


 ドラ公は答えない、答えない。何か言いたそうに口をぱくぱくさせるが喉から言葉は出てこない。目が合うと気まずそうに視線を落とす。何、何、何? 俺なんかした?


「……何?」

「……」

「……感じ悪いぞ、お前!」


 瞬間、ドラ公がキッと俺を睨みつけた。


「どの口が言うんだ!」

「え、は?」

「それはお前の方だろ⁉ 毎日毎日バカスカ殺しやがって、私の事なんだと思ってるんだ⁉」

「え、あ、え?」

「恋人じゃないのか! 私とお前は⁉」

「はい。え? そうです」

「じゃあなんで殺すんだ! おかしいだろ、付き合う前より回数が増えてるって気づいてる⁉」

「え、は、はい。え?」

「好きなんじゃないのか! 愛してるんじゃないのか!」

「あ、あ、」


 鬼気迫る表情でドラ公が迫る迫る迫る。目を剥いてゼロ距離で俺に詰め寄る。そりゃそうだよ好きだよ愛してるよでもだって、何、何何何? 口ごもる俺に苛立ちを隠せない様子のドラ公。わなわなと震える手で俺の襟元を掴むと、目に涙を溜めて怒鳴った。


「言えよ、愛してるって!」

「うあ、」

「言えよ!」

「あ、あ、あ……」


 知らない知らないこんなドラ公は知らない。分からない何も分からない。ただ一つ分かるのはこれが嘘や冗談ではないという事。ドラ公の真に迫る表情は言葉は俺の脳みそをガンガンに揺さぶった。

 が、しかしである。


「じゃあお前も言えよ!」

「はあ⁉」

「俺は言ったぞ! 一番最初に、好きだって、お前の事好きだって! お前はどうなんだよ!」

「な、私は、」

「付き合ってやっても良いとは言った! 言ってくれた! でもそれだけじゃねえか! お前が俺の事好きって言うの、セックスの時だけじゃんか!」

「なななななな」

「何なんだよ! ベッドの中では好きぃ……好きぃ……って素直な癖によ! なんで普段は言ってくれねえんだよ! なんかそんなの、俺、不安になるじゃんか!」

「はあああ⁉ そんなのお前だって一緒だろ! ベッドの中でしか愛を囁かないじゃないか! 普段はボコスカ殺す癖に! ベッドの中でだけ! そんなのあんまりにもあんまりだろ!」

「はああ⁉」

「はああああああ⁉」

「もう、ロナルド君なんか、ロナルド君なんか……!」


 そう言いながら目に涙をいっぱい溜めてぷるぷる震えるドラ公。俺なんか、何? 俺なんか嫌いだって? あーやっぱり! やっぱりそうなんだ! おかしいと思ってたんだよ! 俺なんかに恋人が出来るなんてそんな訳ねえって! 俺なんかが好きな相手と両想いになれるなんてそんな訳ねえって! 


「ロナルド君なんか……!」

「ななななんだよ! 言いたい事あるならハッキリ言えよ!」

「好き……」

「え?」

「好き、ロナルド君なんか、好き……!」


 そうぽろりと溢すと、ドラ公はハッとしたように口元を押さえた。


***


「何、なんて……?」


 呆気にとられた顔でロナルド君が言う。私は両手で口元を押さえると、ぶんぶんと首を横に振った。これは違う、これは違う違う違う……!


「ドラ公……?」


 じわじわと後ずさる。しかし逃げ場などある訳がなく、あっという間に壁際に追い詰められてしまった。視界が滲む。顔が熱くなる。ロナルド君は両手を壁につくと、私の顔にぐっと顔を近づけ、囁いた。


「言って。もう一回」

「……」

「なあ、お願い」


 ねだるような声にハッとして顔を上げる。眉をへの字に曲げて、子供がおねだりするみたいにロナルド君が言う。なに、なんだそれ、なんなんだそれ……!


「わ、私も好き……」


 そう言うと、ロナルド君は息を飲んだ。


「どら、」

「そうだよ! 好きだよ大好きだよ! 悪いか!」

「おっあっ」

「そりゃね! 最初はそういう目で見てなかったよ! でも君が、君が私を、好きだなんて言うから……!」

「ど、」

「それなのに! それっきりじゃないか! ベッドの中でだけ! 不安になるだろ! 言葉にしろよ、好きって言えよ、愛してるって言えよ!」

「で、でもだってお前だって言ってくれないじゃんか!」

「言わなくても分かるだろ! 察しろよ!」

「いやわかんねえよ!」

「好きだよ! 見てたら分かるだろバーカバーカ!」

「い、いやわかんねえ……」

「なんでだよわかれよ私のこと好きなんだろ⁉」

「そ、それはそうだけど……」

「馬鹿! ロナルド君の馬鹿! もうロナルド君なんか、ロナルド君なんか……!」

「ドラ公……?」

「好きぃ……!」


 ああもう最悪だ最悪だ最悪だ! 両目からは次から次に涙がぼろぼろ溢れる。あまりにも情けない、みっともない。しかしロナルド君はそんな私を笑うでもなく、おろおろと取り乱すばかり。


「う、お、あ、」

「好き、好きだ……クソッ……!」


 悔しい、悔しい悔しいありえない! しかし想いは言葉は涙は止まらない。ぼろぼろとぼろぼろと溢れ続ける。


「お、おれもすき……!」


 するとロナルド君もぶわっと泣き始めた。もう、何、何?


「ろ、ロナルド君……? ああクソ、こんなはずじゃ……! クソッ、すき、すきぃ……」

「おれも、俺も好きだ! ……なあ、キスしていい?」

「はああ⁉ このタイミングで⁉」

「だってなんかお前のこと見てたら、」

「キスしろ今すぐ!」

「何⁉」

「キスしろ! 早く! ほら!」


 自分の意思とは関係なく、勢いよく願望が口をついた。いやいやいやそりゃキスしたいよされたいよもう認めるけどされたいよ! でも違う違う違う恥ずかしい! 口と違って身体は自由なので顔をぐっと背けてキスから逃げる。戸惑った様子のロナルド君。そりゃそうだろうね意味わかんないよねでも元はと言えば全部君のせいだからな!


「じゃあこっち向けよ!」

「うるさい! はやくしろ!」


 ぐっと顔を近づけて来るロナルド君から逃げる逃げる。キスされたい、されたくない、されたい、されたい……! そうこうしている間にも口は勝手に想いを吐き出す。


「私が! 私がどれだけ、待っていたと……!」

「ど、ドラ公……?」

「なんにも変わらなかったじゃないか! なんにも! ワクワクしてたのに! これからどうなるかって! 君とのこれからが、どう変わって行くのかって! それなのに君はずっとずっといつもの君で、手を出してこない! いや暴力的な意味では手を出されまくったけど、そうじゃなくて、だって私たち、恋人なんだろ⁉」

「どら、」

「ほら、早くキスしろ! 早く!」


 そう言う私の声は震えていた。ああもう、情けない、みっともない。恥ずかしくて顔が上げられない。と、ロナルド君の両腕が私をぎゅっと抱きしめた。


「……ドラ公!」


 しかし力加減が最悪なので私は死んだ。さらさらと塵になる。ロナルド君はそんな私を抱き締め続ける。腕の中でじわじわと再生する身体。感覚が戻ってくると同時に、五感がロナルド君で満たされる。ロナルド君の匂い、ロナルド君の体温。ゼロ距離で感じるそれに、くらくらと眩暈がした。


「……」


 ロナルド君は何も言わない。私も何も言えない。くるくると世界が回る回る。部屋に沈黙が落ちる落ちる。どくどくとうるさい心音は、境界線が溶けてどちらのものかわからない。いやに静かな部屋の中では、互いの心臓の音だけが耳についた。

 と、額に温かな感触がした。何事かと見上げると、汗ぐっしょりのロナルド君が、真っ赤な顔で私を見つめていた。


「ごめん、ごめんな……好きだよ」


 その時、ようやく額にキスされたのだと気づいた。息が止まるかと思った。というか止まった。

 私はさらさらと崩れ落ちると、そのまま数時間再生しなかった、というか、できなかった。悔しい、悔しい! けれど存外、悪い気分でもなかった。それもまた、悔しいのだけれど!



END



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