恋と呼ぶには泥臭い #11
- みりん
- 2022年5月29日
- 読了時間: 4分
ロナルドが手を引いて、黙ってぐんぐん進む。ホームに出て、改札を抜け、冬の冷たいはずの空気の中を、ぐんぐんぐんぐん進む。寒さはあまり、感じなかった。繋いだ手の温度が全てだった。
――ロナルド君、ロナルド君。
感情に名前がついてしまった。一度自覚すると、それは次から次に胸の奥から湧き出てくる。
――ロナルド君、ロナルド君。
ロナルドは振り返らない。ただまっすぐ前を見て、ドラルクの手をしっかりと、放すまいとしっかり握って、まっすぐまっすぐ進む。
――君は今、何を思っている? どんな表情をしている?
ドラルクには想像ができなかった。ただ、世界の全てが、これまでの人生を集約した全てが、そこにあるような気がした。そこにあって、導くように、ドラルクの手を引いていた。
***
事務所は無人のようだった。ロナルドはガチャガチャと鍵をあける。依然黙り込んだまま、ただ何かに焦っているように見えた。
鍵が開いた。なだれ込むように室内に引き込まれる、えっと思うまもなく、ドラルクはロナルドに強く抱きしめられた。
「ろな、」
「ちゃんと、ちゃんと告白するから」
「なに……?」
「徹夜明けでもねーし、脱稿ハイでもねーし、今日俺、正気だから」
そう言うと、ロナルドはコートのポケットから小さな箱を取り出した。
「だから、茶化さずに聞いてほしい」
「……」
「好きだ、ドラルク。お前が好きだ。……お前さえ嫌じゃなかったら、俺と」
差し出された小箱が開かれる。中には、シンプルな金色の指輪が入っていた。
「明日も明後日も、その先も何十年後も、俺と一緒にいて欲しい」
酷く真剣な、しかし熱を帯びた目でロナルドが言った。部屋に沈黙が満ち満ちる。
「……」
「……」
それを破ったのは、ドラルクの笑い声だった。
「……んっ、ふ」
「……?」
「ふッ、ははは! ふふっ、ふは、」
「な、おい! 笑うなよ! 俺は真剣に」
「わかってる! わかってるよ真剣なのは! ひひ、はッ、もう、ふふふ!」
「なんだよ! なんで笑うんだよお!」
そう涙目で言うロナルド。ドラルクもまた、笑いすぎて涙目だった。
「だって、だってさ! 付き合ってまだ二週間とかで、まだキスもしてなくて、今日初めて手を握ったのに! いきなりプロポーズって!」
「ププププロポーズ⁉ 別に俺そんなつもりじゃ、」
「いや、指輪差し出して一緒にいてくれって、プロポーズじゃなけりゃ何だって言うんだ!」
「だ、だって好きな相手には指輪を渡すもんだって、」
「なになに、なにそれいつの恋愛観なの⁉ 小二で止まってる⁉ あーもう、面白!」
「なんだよ、笑うなよ、俺真剣に、」
「わかってる、わかってるって」
ドラルクは涙をぬぐうと、依然涙目のロナルドに向き直った。
「それ、はめて」
「……え?」
「指輪」
左手の手袋を外しながらそう言うと、ロナルドは慌てて指輪を取り出し、ドラルクの手を取った。素肌で触れるロナルドの手は、いつもより温かく、肌に馴染むような気がした。
「……どの指?」
「……君のお好きなように」
そう言うと、ロナルドは一瞬考えるような仕草を見せ、薬指に指輪をはめた。笑ってしまう程オーバーサイズだった。
「……んっふ、」
「おい笑うなよ! 笑うなって!」
「いや、だって、君、こんな!」
「うるせー! てめえが細すぎるのが悪いんだろ!」
「ヒー! もう、君、ほんと、可愛いな、可愛いなあ!」
けらけら、げらげら、笑い声が部屋に満ち満ちる。ロナルドはそんなドラルクを悔し気に睨みつけると、強引に抱き寄せた。
「うわ何!」
「……死なねえんだ」
「……死な、なかったね、うん」
ロナルドの腕の中は、酷く温かで、心地よかった。死ぬ理由など、一つもなかった。
「……お前だって、可愛いから」
「えっ、あっ、うん…………ありがとう?」
「……なんだよ、やっとこのキュートなドラドラちゃんの魅力に気づいたのか、とか言わねえのかよ」
「そ、そうだね……?」
よく回るはずの舌は、縺れたみたいに動かなかった。歯切れの悪い返答しかできないのが歯がゆい。しかしロナルドの腕の中で、この温かい腕の中では、何も出来ないような気がした。それは、きっとこの先もずっと。
「なあ、手は繋いだ。ぷ、プロポーズも、した、だからさ」
「……うん?」
「……キスしていい?」
見上げると、ロナルドは耳まで赤くしてドラルクを見ていた。きっと、今自分も同じくらい赤くなっていると、ドラルクは思った。
「……うん」
短く返事をして、目を閉じる。また部屋に沈黙が満ち満ちる。静かな部屋の中では、自分の心音ばかりが耳に響いた。
永遠のように長い数秒間。目を閉じてじっと待つ。やがて、唇に、温かい感触がした。触れるだけの、子供みたいなキスだった。
「……」
「……」
また永遠のように長い沈黙の後、ドラルクは塵となって崩れ落ちた。
「むり……」
「ハー!!?!?!?? なんでだよ! 死なねえんじゃなかったのかよ!!」
「エーン、キャパオーバーです……」
「バーカほんとバーカ!」
新横浜の夜に、ロナルドの大声が響く。そして今夜、今夜! 世界は色づき星となった。
END
Comments