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恋と呼ぶには泥臭い #9

  • 執筆者の写真: みりん
    みりん
  • 2022年5月29日
  • 読了時間: 5分

 翌日、ドラルクは十八時きっかりに目を覚ました。暖房がつけっぱなしの室内は、乾燥していて空気が悪い。隣で寝ていたジョンに挨拶をしてから、換気のために窓を開ける。冷たく刺すような空気が入り込んできて、ドラルクは思わず身を縮めた。


「今日も寒いねぇ。こんな日は家でじっとしていたいけど……」

「ヌーヌ?」

「そうだった。あの童貞ハムカツゴリラとデートか……想像がつかないな……」


 ジョンに言われて思い出す。今日は、ロナルドとの記念すべき初デートの日だ。待ち合わせは十九時に駅前で。ロナルドは何やら用事があるとかで、ドラルクが目覚めた時には既に出かけた後だった。


「なんかだんだん楽しみになってきたな……ジョンも来るよね?」

「ヌヤ、ヌヌヌヌヌーヌヌヌヌ……」

「いやそんな真面目な奴じゃないし。予行練習だよ、予行練習」

「ヌイ?」

「ロナルド君にいつか彼女が出来たときのための。だから全然付いてきても、」

「ヌー……」

「なになに、急に黙り込んで」

「ヌンヌ、ヌヌヌヌヌヌウ……」

「違うって? 何が?」

「ヌヌヌヌ! ヌンヌ! ヌンヌ!」

「準備って言ったって」

「ヌヌヌヌヌヌ!」


 ジョンに促されて、洗面台に立つ。顔を洗って、歯を磨いて、服を着替えて髪を整える。


「ヌヌヌヌヌッヌウ……?」

「え、だって相手若造だよ? 別にいいでしょ」

「ヌヌ、ヌヌ」

「いいのいいの。……まだ時間があるな。おやつか何か作っておこうか?」

「ヌヌヌヌヌヌヌ! ヌッヌヌッヌイ!」

「えー、まあジョンがいいならいいけど……いってきます……」


 

 一歩外に出ると、十二月の凍えるような空気がドラルクを包んだ。静かに雪が降っている。死ぬほどではないが、寒い。外套の前をぎゅっと合わせながら、十数分歩いて新横浜駅を目指す。

 待ち合わせ場所はJR連絡改札口付近のヴァミマの前。駅構内は、大勢の人でごった返していた。きょろきょろといつもの赤い服を探す。が、見つからない。時計を見ると、まだ待ち合わせ時刻の十分前だった。


 ――ギリギリまで来ないタイプかな。……いやしかし、楽しみだなぁ。あのハムカツゴリラとまともなデートが出来るなんて思わないし、いったいどんな展開が待ち受けているのやら……。


 と、不意に聞き覚えのある声が聞こえた。


「ロナルドさん、ですよね? ファンなんです!」

「えっ、ああ、ありがとうございます……」


 見ると、いつものだらしない恰好からは想像のつかないような姿のロナルドが、数名の女性に囲まれていた。


 ――えっ、誰!?


 思わず二度見、いや五度見した。デートと言いつつも相手は自分なのだから、どうせいつものだらしない恰好のまま来るとドラルクは思っていた。オータム書店のデート企画の時ですら、退治人の衣装のままだった。そのロナルドが、ファッション雑誌で見るような小綺麗な恰好で佇んでいる。そして、女性に声をかけられている。


「もしよかったら、サインとか」

「ああ、ええ、はい、俺なんかで良かったら……」


 そう照れながら受け答えをするロナルド。黄色い声ではしゃぐ女性たち。モデルか俳優と言われても信じてしまうような出で立ちのロナルドに、女性たちが浮足立つのは仕方ない。仕方ないと思うのだが、ドラルクはどうにも面白くなかった。


 ――ほらやっぱり、女性たちが放っておかない。だからこんな、手近で済ませなくたって、君ならいくらでも……。


 と、遠目に見ていた青い目と目があった。ロナルドはこちらに気づくと、女性たちに頭を下げて走り寄ってきた。


「ドラ公!」

「……ロナルド君」

「 なんだよ、来てたんなら声かけろよ」

「……いや、邪魔しちゃ悪いと思って」

「? 何が」

「いや、だって珍しく君がモテてたから」

「あー、なんか、服の効果? ってすげえな」

「どうしたの、それ。いつものクソダサファッションセンスはどうした?」

「うるせーな! シーニャに選んで貰ったんだよ」

「あー、それで昼間用事あるって」

「まあそれもあるけど……」

「馬子にも衣装ってやつだな。どこのモデルさんかと思ったよ。……いやしかし、若干気後れするな」

「何が?」

「いや、なんというか……」


 適当な言葉が見あたらず、黙り込むドラルク。ただでさえ顔が良いのに、こんなにばっちりきめられたら目のやり場に困ってしまう。


 ――だってほら、道行く人たち皆君を見てるじゃない。


 自己肯定感のカンストしているドラルクですら、隣で歩くのを躊躇してしまう。と、ロナルドが手を差し出した。 


「……なに?」

「買ってやるよ、服」

「服?」

「ほら、行こうぜ」


 そう言うや否や、ロナルドはドラルクの手を取ってぐいぐい歩き始めた。


「ちょっと! 手! 手!」

「あ?! 別にいいだろ! だって俺たち、付き合ってるんだから!!」


 馬鹿でかい声でそう言いながら、ロナルドはこちらを見もせずぐんぐん進む。改札に入り、ホームに向かう。耳が赤いのは外が寒かったから? 手のひらが熱いのは熱があるから? ドラルクは自問自答する。しかし本当は、答えなどとうの昔に出ていた。ただ、見ない振りをしてきただけで。


 ――知らない、こんなの、知らない!


 心臓が早鐘を打つ。手のひらがじっとりと汗ばむ。ロナルドの熱なのか、自分の熱なのか、境界線が溶けてもう何がなんだかわからなくなっていた。

 無言で手を引くロナルド。その背中は、いつもよりやけに広く見えたし、銀色の髪はいつもより輝いて見えた。


 ――まるで世界に君しかいないみたいだ、なんて。


 そんな柄にもないことを、思ってしまった。



 地下鉄に乗り、並んで座る。道中、ロナルドはずっと無言だったし、ドラルクもうまく言葉が見つからず、黙り込んだままだった。ただ、ロナルドはドラルクの手をしっかりと握っていた。ドラルクは、握り返さなかった。


「ねえ、服、別にいい」

「あ?」

「別にいらない。このままでいいよ」

「なんだよ。遠慮するなよ」

「荷物になるし」

「持ってやるよ、そのくらい」


 そういう姫待遇が恥ずかしいから嫌なんだよ! とは言えなかった。視線を落としたまま「だから大丈夫だって」と呟くと、しばらくの沈黙の後、ロナルドは自分のマフラーをドラルクに巻いた。


「じゃあ、それだけ」

「……なんで?」

「寒そうだもん、お前」

「……」

「……なんとか言えよ」

「……お気遣い感謝」

「なんだそれ」

「……」

「……」


 ――どうにも気まずい! やってられん! 若造のくせに、若造のくせに!


「……ねえ、今からどうするの」

「……腹減ってる?」

「いや、別に」

「だよな。……映画」

「……なんで?」

「デートと言えば、映画だろ!」


 顔を赤くしながら、目を逸らしてそういうロナルド。さっきまでの緊張は何処へやら、ドラルクは途端に面白くなってしまって、思わず笑い声を漏らした。


「んっ、ふ……!」

「おい、何笑ってんだよ!」

「いや、ふふ、可愛いなあと思って!」

「はあ⁉ 誰が!」

「ん、ふふ!」


 ――可愛い! 可愛いな、ロナルド君は!


 ドラルクは、なんだか可笑しくて仕方がなかった。




(続)





 






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