恋と呼ぶには泥臭い #3
- みりん
- 2022年5月29日
- 読了時間: 5分
クッソ不本意な事に、自分はあのクソ砂の事が好きなのだと思い知らされたのがつい先程。徹夜明けのテンションで、ギルドで泣くわ喚くわ大暴れしていたロナルドだったが、シーニャに「あんたちょっと帰って寝た方がいいわよ」と真面目な顔で言われ、周囲もそれに同意した為、事務所に帰らざるを得なくなった。
――あいつらの言う通りだ。今の俺は正常じゃない。幸いなことに締切まではまだ時間あるから、一回寝てリセットして……いやしかし、家には俺が睡眠不足に陥った元凶が居座っている訳で……クソ、ほんと何なんだよアイツ……最悪だ……クソ、ドラ公……ドラ公……。
こんな状態で睡眠など取れる訳がない。大変不本意だが、今日はネカフェか何処かで夜を明かそうか。そんな事を考えつつも、足は自然と事務所の方に向かっていた。扉の前で立ち止まり、ドアノブを握ろうとして逡巡する。どうなってしまうんだろう。己の本心を受け入れた今、自分の目にドラルクの姿はどう映るのだろう。そして自分は、これからどうするべきなのだろう。
――付き合ってくれと告白する? まさか。動画でも撮られて加工されて、ヌーチューブとかに上げられてアホほど煽られるのがオチだ。見合いをやめてくれと頼み込む? なんで? どの立場で? 備品だから勝手に動くなとか? ああ、やっぱり閉じ込めるしかない。適当に殺して瓶にでも詰めてずっとこのまま……。
ぶつぶつと考え込んでいると、不意に心地よい香りがロナルドの鼻をくすぐった。思わず勢いよくドアを開け、リビングに飛び込む。するとそこには、エプロン姿のドラルクがいた。
「おかえり5歳児くん。ドアは静かに開け閉めしようって幼稚園で習わなかったのかな?」
「……なんだ酷い顔だな。原稿は書けたのか? あ、リクエストの弱いカレー作ったけど、食べる?」
「流石に毎日は嫌だから、今日はオムハヤシにしたけど。ジョンも食べたがってたし」
「オムライス好きだったよね?」
「……ロナルド君?」
――あ、あ、あ、駄目だ。
感情の堤防が、決壊するのを感じた。これまで押し留めていた想いが、濁流となってロナルドを飲み込む。ドラルクへの好意を自認したのがつい先程。あらためて目に映った想い人の姿は、これまでの何倍も輝いて見えた。
「ロナルド君? 食べないの?」
「…………食べる」
「そう。じゃ、手洗ってきてね」
言われるがまま、ロナルドはふらふらと洗面所に向かった。蛇口を捻り、冷たい水でバシャバシャと顔を洗う。
――いや無理……。クッソ好きだわ無理……。え、何? ドラ公ってあんなだっけ? 最初からあんなだっけ? もしかしてチャームとか覚えた? いやまさかあのクソ雑魚に限ってそんなはずは……ああ、やっぱり、俺あいつのこと好きなんだな……畜生……。
***
手を洗って戻ると、ダイニングの机の上には、色とりどりの野菜を使ったサラダと、コンソメのスープ、そして綺麗に盛られたオムハヤシが鎮座していた。つい先日まで当たり前だと思っていた光景だが、今更そのありがたさに気づいて視界が滲んでくる。
「……ロナルド君?」
怪訝そうなドラルクの声で、現実に引き戻される。既に食べ始めていたジョンと反対側の席に着くと、ロナルドはスプーンを口に運んだ。バターライスの甘い香りと、トマトの酸味、卵のとろっとした食感が口いっぱいに広がる。そして同時に、これから訪れるかも知れない喪失への恐怖、愛しさ、多幸感、焦燥感、嫉妬など様々な感情が堰を切ったように押し寄せてきて、いつの間にかロナルドの両目からは、大粒の涙が零れていた。
「う……あ……ッ……」
「えっ、何ルド君!? どうしたの?」
「……う、うッ……ドラ公……」
「あ、もしかしてついに気づいた!?」
「……何が……ッ」
「毎日ちょっとずつ料理にセロリを盛ってたんだけど、」
「……殺す……! 絶対殺す……ッ!」
「わー、ごめんごめん。水飲む? 取って来てあげようね」
慌ててキッチンに引っ込もうとするドラルク。ロナルドは、反射的にその腕を掴んだ。
「え、何?」
「……お、俺を置いていくな……」
「は?」
呆気にとられた様子のドラルクだったが、ロナルドは気にも留めず、その細い腰にしがみついた。
「お、お、俺を、俺を置いていくなッ……!」
「いやまって怖い怖い怖い! 何? どうした? 名実ともに五歳なのか?」
「うるせぇ、ずっとここにいろ……!」
***
洪水のように涙を流しながら、顔を真っ赤にしてしがみついてくるその様子は、本当に子どものようだとドラルクは思った。ジョンもドン引きしている。
「ヌ……ヌ……?」
「いや私もわからないよジョン。ちょ、ちょっと苦しいよゴリルド君、それ以上すると死んじゃう……!」
「ずっとここにいると約束しろさもなくば殺す」
「サイコパスなの? 話が見えないんだけど!」
「ヌー! ヌー!」
凶悪なゴリラからなんとか逃れようとして、ドラルクは身をよじるが、馬鹿力に勝てる訳もなく、身動き一つとれない。ジョンもロナルドの腕をひっぱって何とかしようとするが、やはりびくともしない。
「ちょっと、ほんとに意味わかんないんだけど、」
「見合いなんかするな」
「は?」
「見合いなんかするな。結婚なんかするな。俺がいるんだから、それでいいだろ!?」
「はあ!?」
面食らった表情で固まるドラルク。えぐえぐと涙を流し続けるロナルド。ヌーヌーとパニックを起こすジョン。ちょっとした地獄絵図だった。そこに、思わぬ救いの手が伸びた。
「オータム書店のフクマですー」
「フクマさんナァァァアイス!!」
バトルアックスを引きずって登場したフクマさんに、ドラルクは全てをぶん投げることにした。
「ロナルド君なんだか筆の進みが遅いみたいでぇ! ここにいると集中できないらしいんでぇ! ちょっとオータムの方で引き取ってもらっても良いですかね!?」
「あ、おい! ふざけんな!」
「わかりましたー。さ、ロナルドさん。頑張りましょうね」
そしてロナルドはアイアンメイデンにぶち込まれて、オータム書店に連れていかれた。間際に、「絶対出ていくなよ」「待ってろよ」「待ってないと殺す」などと色々聞こえたが、きっと幻聴だろう。
「……とりあえず、これでしばらくは安心だな」
ドラルクがひとりごちると、ジョンが心配するように寄り添ってきた。
「大丈夫だよ、ジョン。……ああ、ごはんが冷めてしまったね。ジョンのは温めなおして、若造のは冷蔵庫かな」
そしてドラルクは、ロナルドの食べかけのオムハヤシに、ラップをかけた。
(続)
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