恋と呼ぶには泥臭い #4
- みりん
- 2022年5月29日
- 読了時間: 4分
ロナルドがオータム書店に連れ去られてから小一時間。ジョンに食事をさせ、洗い物を終えたドラルクは、リビングでのんびりとゲームをしていた。ジョンと一緒にソファに転がり、久々の静かな時間を満喫する。
「いやぁ、五歳児がいないと静かだねぇ」
「ヌー」
「ドラ公ォオオオオオオオ!! いるかぁあああああああ!!」
安寧の時間はとてつもない速さで崩れ去った。親でも死んだのかというくらいの勢いで飛び込んで来たのは、目をぎらぎらさせたロナルドだ。
「ウワーッ!! って何!? ロナルド君!?」
驚きのあまり硬直するドラルク。ロナルドはその姿を認めると、物凄い勢いで飛びかかった。
「グハァッ! ゴリラタックル……死……」
「ヌー! ヌー!」
死んで塵と化したドラルクに、ロナルドが手を突っ込んで頬ずりする。ドラルクは気合で再生しながら、猟奇的な光景にドン引きするジョンをなんとか逃がす。ロナルドはそのままドラルクを押し倒すと、愛おしむように胸元に顔を埋めた。
「どらこう……俺のどらこう……」
「お前のになった覚えはない! やめろ!」
「お前は俺のでは……?」
「瞳孔開いてる怖い怖い怖い……あー、作家先生! 原稿はいいのか? 怖ーいフクマさんが来るぞ?」
「気合で終わらせた!」
「気合で!? それができるなら最初からそうしろ!」
「それができないから世の中の物書きは悩んでるんだが!?」
「やかましいわ! ちょっと、もう、離してくれ! 疲れてるだろう? 飯はさっきのが冷蔵庫にあるから、さっさと食って風呂に入って、」
「飯! なあ、ドラ公、飯を作ってくれ」
「だから食べかけのが冷蔵庫に、」
「明日も明後日もずっと俺のために飯を作ってくれ!」
「よ、弱いカレーを? そんな気に入った?」
「なんでもいい! お前が作った飯なら!」
「いや、ええ……?」
「俺病気なんだよ。お前が作った飯を持続的に食わないと死ぬ病気。持続可能エネルギー。だから出て行かないでくれ!」
「勝手に死んどけ! まったく、何なんださっきから。出て行くだのなんだの」
「見合い、するんだろ?」
ロナルドが、酷く苦しそうな顔で言う。瞳にかかる、白銀の睫毛が美しい。ああ、綺麗な顔だな、とぼんやり考えていたドラルクだったが、ある一言が引っ掛かり、思考が止まる。
――ん、見合い?
ぽかんとしているドラルクに、ロナルドは雨を降らせるように思いを吐露する。
「……俺、お前が見合いするって聞いてさ、すげー嫌な気持ちになってさ、見合いするってことは結婚するって事だろ? 結婚するって事はここからいなくなるって事だろ? そんなん絶対ありえねーって思って、でも何でそう思うのかもわかんなくて、ムカついて、モヤモヤして、頭んなかぐるぐるぐるぐるして、自分のこと納得させようとしてあれこれ考えたんだけど、どれも正解って感じじゃなくて、ギルドでシーニャにあれこれ言われてさ、あーきっとそうなんだって思って、でもすぐに認めたくなくて、なんでてめーなんかのことって悔しくて、でもそれ以上に、お前がいなくなったらって思うと苦しくて、しんどくて、やっぱり認めたくなくて、でもよ、答えなんて、最初から一つしかないんだよな」
「……な、なに……?」
空色の瞳が、真っすぐにドラルクを見つめた。
「お前が好きだ」
「は」
「お前が好きだ。だから出て行かないでくれ」
「え、いや」
「お前なんか全然好みじゃねーし、なんでこんなんなったのか自分でもわかんねえんだよ! でももう、お前じゃなきゃダメなんだよ。お前が俺以外の誰かと幸せそうにしてるの想像したら、ここんとこがギリギリギリギリして、なんかもう、街一つ壊滅させられるんじゃないかってぐらいで」
「わー、ゴリラがゴジラになった」
「だから、な? ずっとここにいろ。俺の方だけ見てろ。嫌か……?」
「いや、いやっていうか、」
「結婚するのか? 俺以外の奴と……」
「わー、私そのゲームやったことあるー」
「お前と結婚するのは、俺だと、」
ロナルドが、ドラルクにぐっと顔を近づける。
――あ、これダメな奴だ。
ドラルクはとっさに、ソファの影でおろおろしていたジョンに声をかけた。
「ジョン、ジョーン!」
ドラルクの声にハッとしたジョンは、ぐるんと弾丸になってロナルドの頭に突撃した。途端、音もなく崩れ落ちるロナルド。
「あ、ありがとうジョン……!」
「ヌヌヌヌヌヌ! ヌヌヌヌヌヌ!」
ひっくり返ったロナルドを指さし、わたわたと慌てるジョン。ドラルクは、そんなジョンを安心させるように抱き上げる。
「大丈夫だよ、ほら、寝ているだけだ」
いつの間にか、ロナルドは規則正しい寝息を立てていた。
「脱稿ハイ恐るべしだな。……さて、これからどうしようか」
地べたに転がっている五歳児を見下ろすと、ドラルクは長い溜息をついた。
(続)
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