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恋と呼ぶには泥臭い #5

  • 執筆者の写真: みりん
    みりん
  • 2022年5月29日
  • 読了時間: 5分

「おはよう、ジョン。いい夜だね。……若造はまだ寝ているのか」


 お前が好きだと迫られたのが昨日のこと。ロナルドはまだ床に転がっていた。なんとかしてソファに戻してやろうとしたのだが、ドラルクの貧弱な腕では叶わず、ブランケットをかけてやるのが精々だった。

 ここ最近ずっと思いつめたような顔をしていたロナルドだったが、すうすうと寝息を立てるその様子は、平穏そのものに見える。


「……世の女性たちが放っておかないだろうに」

「ヌヌヌヌヌヌ?」

「ん? 昨日のは何だったのかって? ……気の迷いってやつだよ、きっと。彼はまだ若いから、勘違いしてしまったんだろうね」

「ヌーヌヌンヌヌヌ?」

「そうだねえ、せっかくだし、ちょっと遊んでもらおうかな」


 床に横たわる大きな五歳児を見やると、ドラルクはニヤリと笑った。


***


 甘い香りで目を覚ますと、日は既にとっぷりと暮れていた。身に覚えのないブランケットを外し、上半身を起こす。全身が軋むように痛み、後頭部が重い。

 ロナルドは眉間に手を当てると、まだ覚醒しきっていない頭で、昨日の記憶を反芻した。


 ――なんで俺、こんな所で寝てるんだ? ……昨日は確か、原稿を書いていて、ここじゃ集中できないからギルドに行って、そこでショットやシーニャに泣かされて……あれ、なんで泣かされたんだっけ。えーと確か……


「ああああああああああああ!!!!!」


 ――そうだ、思い出した。俺、昨日、ドラ公が、ドラ公に、


「なんだ、やっと起きたのか、若造」

「ヴェボアッッアアァア!?!??」

「日本語喋ってくれる?」


 声のした方におそるおそる視線をやると、そこにはエプロン姿のドラルクがいた。顔を真っ赤にしてひっくり返っているロナルドとは対照的に、真剣な表情でオーブンを見ている。


「よし、焼けたよ、ジョン」

「ヌー!」


 両手にミトンをはめると、ドラルクはオーブンから熱々の鉄板を取り出した。甘く香ばしい香りが充満する。


「な、なにしてんの……?」

「クッキーを作っていたんだ。ジョンが食べたいって言うからね。あ、ロナルド君も何か食べる? 冷蔵庫に昨日のあまりがあるけど」

「あ、ああ……貰う……」

「あ、それより先にお風呂かな。汗臭いぞ、君」

「ああ……うん……そうする……」


 言われるがまま、ロナルドはふらふらと浴室に向かった。ドラルクは、その背中を見送りながら、にやりと笑う。


「さあて、楽しくなるぞ、ジョン!」

「ヌー!」


***


 滝のようなシャワーに打たれながら、ロナルドは頭を抱えていた。


 ――思い出した……思い出した……思い出した……! おおおお、俺、昨日、ドラ公に、す、すすすすす好きって言った! この俺が、ドラ公に、い、行かないでくれって縋りついて泣いた! なんだよそれ、名実ともに五歳じゃねえか。ドラ公の言う通りじゃん。クソ、カッコ悪い。カッコ悪ィなぁ……。情緒不安定すぎだろ、俺。いくら徹夜明けとは言え。クッソ、不可抗力だ! こんなつもりじゃなかったんだ! ……でもなんか、あいつがいなくなるって思ったら、口から勝手に言葉がぽろぽろ出たんだよな。怖ぇな徹夜明けって。……しっかし、ドラ公の奴、平然としてたな。普通、もっとこう……あるだろ! なんか! ……からかってすら来ねえって、どういう事だよ……。もしかして、冗談だと思われたのかな。それか、全部夢だった? ああ、その方がいいかもな……。


 ぐるぐると考え事をしつつ浴室から戻ると、ダイニングの机の上には、サラダとスープ、それから昨日の食べかけのオムハヤシが置かれていた。ロナルドが席に着くと、ドラルクも反対側の席に着いた。


「いただきます……」

「どーぞ。昨日より味は落ちてると思うけど」

「ああ、いや、うん、ごめん……」


 スプーンを口に運ぶ。ドラルクの言う通り、昨日よりかは食感が悪かった。しかしそれでも、安心する味だった。

 黙々と食べるロナルドを、ドラルクはじっと見つめる。視線に気づいたロナルドが顔を上げると、ばちんと目と目が合った。瞬間、ドラルクがニタァっと笑った。


「アホルドくんさぁ、」

「違う!!!!!!!」


 ロナルドは思わず立ち上がると、顔を真っ赤にして怒鳴った。


 ――ダメだ、ダメだ、ダメだ! あいつのターンに持ち込まれたら、俺は終わる! 今回は完全に分が悪い! さっきはからかってすら来ないなんて、とか思ったけど、いざやられると、クッソむかつく。クッソ腹立つ。クソ砂のくせに、調子のってんじゃねえぞ……!


「何が?」

「ちちちち、違うからな! 俺がお前のこと好きだとか、あんなの全部、違うから! そうだ、ギルドでゲームに負けて、そう! 罰ゲーム! 罰ゲームなんだよ! だから昨日のは全部嘘で、」


 反論の隙を与えないように、ロナルドは早口でまくし立てる。自分でも無理があると思わないでもないが、本心を隠す言葉は土石流のように止まらなかった。

 ドラルクは、そんなロナルドを見上げながら、抑揚のない声で言った。


「そうか、全部嘘か」

「そ、そう! だいたい俺がお前なんかのこと好きになる訳ねえじゃん! 俺が好きなのは、巨乳で、お姉さんで、もっとこう、」

「嬉しかったのに」


 地球上からすべての酸素が消えた気がした。ロナルドは、石化魔法をかけられたように硬直した。ドラルクは、上目遣いのまま、酷く悲しそうに言う。


「ロナルド君に好きって言われて、私、嬉しかったのに」

「グエ」

「あーあ、はしゃいじゃって、バカみたいだなぁ。ねえジョン」

「ヌー……」


 いつの間にか傍に来ていたジョンが、憐れむようにドラルクに寄り添う。やめろ、そんな目で見るな。


「ここにいると傷つきそうだし、出て行こうか、ジョン」

「ヌー……」

「ま」

「そうだ、お父様に連絡して、見合いの段取りをしてもらおう。私もそろそろ身を固めないと。これ以上傷つかないように……」

「すみませんでしたァア!!!」


 俺の負けだとばかりに、ロナルドはジャンピング土下座をきめた。ドラルクはそんなロナルドを見下ろすと、にたにたと楽しそうに笑った。


「言うことあるよね?」

「え」

「何か私に、言うことあるよね?」


 ――クッソ、くそ、ムカつく。クソ砂のくせに、くそ、かわいいじゃねえか、クッソ! えっちなお姉さん感あるし! なんなんだよ! もうなんなんだよお前! ……畜生、俺の負けだ。


「好きです付き合ってください……」

「喜んで」


 ロナルドが震える声でそう言うと、ドラルクは笑ってその手を取り、指先に口づけした。


「アババヴェボアッッアアァア!?!??」


 ロナルドは瞬間湯沸かし器のように沸騰すると、そのままひっくり返って気を失った。ドラルクはそれを見てくすくす笑う。


「童貞ルドくんには刺激が強かったかな? さて、面白くなってきたぞ……!」

「ヌー!」


 死んだ虫のようになっているロナルドをよそに、一人と一匹はヌフフと悪い笑みを浮かべた。

 


(続)


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ロナドラが両想いになる話です。 ここまで読んでくださって本当にありがとうございました! 後日譚を加えた加筆修正版を5月のイベントで頒布予定です。そちらもぜひ。 改めて、ここまでお

 
 
 

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