恋と呼ぶには泥臭い #6
- みりん
- 2022年5月29日
- 読了時間: 5分
――あークソ、あークソ、あークソ!
依頼先に走りながら、ロナルドはまた悶々と思考を巡らせていた。なんだかんだあってドラルクと交際する事が決まったのがつい一時間前。顔を真っ赤にさせ、消え入りそうな声で告白する自分を見下ろすあの楽しそうな目! ロナルドは憤っていた。自分をおもちゃにしてケラケラ笑うドラルクに、そしてそんなドラルクにグッと来てしまう自分自身に。
――なんなんだよ、クソ砂のくせに。なんなんだよ! なんで俺はクソ砂ごときに、こんな、こんな……!
ジャンピング土下座をきめた自分を見下ろしながら、目を細めニタァと口の端を歪めて笑うあの顔。指先に落とされたキス。交際が決まったという事実。続々と訪れる展開に、ロナルドはあっという間にキャパオーバーになってしまった。
吃驚して気絶してしまった自分に、「童貞ルドくん童貞ルドくん」と言ってはしゃぐドラルク。クッソ不本意な事にそれすらグッときてしまい、ロナルドは反射的に殴って殺して事務所を出た。そうだ、退治だ、退治。そういえば今日は一件依頼が来ていた。後ろから「私も連れてってよー」と聞こえた気がしたが無視した。それでいい、あいつは邪魔だ。色んな意味で。
依頼は、家の敷地内に出たと言う下等吸血鬼の駆除だった。黙々と下等吸血鬼を素手でぶち殺して行くロナルドの姿は、依頼人にはどう見えたのだろう。帰り際には目も合わせてもらえなかった。
駆除は小一時間で完了した。しかし、ロナルドは事務所に帰る気になれなかった。
――クソ、どんな顔してあいつと会ったらいいんだ。不快だ。気が散る。イライラする。好きだ。嫌いだ。好きだ、好きだ、好きだ。……やっぱムカつく! 殺してえ! クッソ!
こんな状態でまっすぐ帰ったら、まず間違いなくドラルクのおもちゃにされる。一旦気を落ち着けるために、ロナルドはギルドに向かった。
***
店内は結構な人で賑わっていた。ロナルドが扉を開けると、何処からか囃し立てるような声と、指笛が聞こえた。
「よっ色男〜!」
「あ?」
謎の歓声を無視して、とりあえずカウンターに向う。硬いスツールに腰掛け、マスターにココアを注文していると、いつの間にかロナルドの周りにはギャラリーが出来ていた。
「な、何だよお前ら」
「聞いたぞロナルド〜! あれからどうなったんだ?」
「あれから?」
「ちゃんとドラルクに愛してるって伝えたのか〜?」
「あ!??!??!?」
マリアが目を輝かせながら、身を乗り出して聞いてくる。ロナルドは反射的に右隣に座っていたショットを睨んだ。ショットはひっ、と声を上げて目線をそらした。
「べ、別に俺は言いふらしてないからな」
「……まあ小さい店ですから。ロナルドさんの声はよく通りますし」
マスターがグラスを拭きながら言った。ロナルドはぐっと口を噤む。
「で? どうなったんだよ?」
「うるせーな! ほっといてくれ!」
「今日暇なんだよ~エンタメを提供してくれよ~」
「何がエンタメだ! あっち行ってろ!」
野次馬根性丸出しのマリア達にうんざりしながら、ロナルドは追い払う仕草をした。
「ダメよー。エンタメとか言っちゃ。ロナルドは真剣なんだから」
「ひいッ!」
いつの間にかシーニャが背後に立っていた。ロナルドは声を上げて縮こまる。
「ひいって何よ。ひいって。……あんた達ね、ロナルドは本当に真剣なのよ。真剣に悩んで、真剣に自分の気持ちと向き合ってるの。今時珍しいわよこんな子! あんた達、こんな純粋な恋したことある!? まあアタシはあるけど!」
「いっそ殺してくれ……」
「だからからかっちゃダメ! はい、解散解散!」
シーニャはギャラリーを解散させると、ロナルドの左隣に座った。ロナルドは一応礼を言いつつ、丁度マスターが出してくれたココアに口をつけた。温かな甘さにほっとする。
「で、どうなったの?」
「結局聞くのかよ!」
「あら、アタシには聞く権利があると思うんだけど」
「あ、それで言うなら俺にもあるな」
右からショットが、左からシーニャが、正面からはマスターがロナルドをじっと見る。汗が首筋を伝うのを感じた。
――そうだよな、泣くわ喚くわしていい加減迷惑かけたもんな。ここではぐらかすのは不義理ってやつだよな……。
妙に義理堅いロナルドは覚悟を決めると、消え入りそうな声で答えた。
「お付き合いすることになりました……」
「マジか」
「まあアタシはそうなると思ってたわ」
「……」
シーニャは口元に笑みを浮かべながら、ショットは心底信じられないという目でロナルドを見た。マスターは無言で温かい視線を送っている。ちょっとしたお祝いムードに居たたまれなくなったロナルドは、急いで言葉を探した。
「なった、なったんだけどさ……!」
「まだ何か悩んでるの?」
「殺したいんだ……」
「サイコパスかな?」
ドン引きしているショットに、ロナルドが慌てて弁解する。
「違うんだよ! だってあいつ、俺のこと煽ってばっかりで、クッソムカつくんだよ!」
「そんなの今に始まったことじゃないでしょ」
「そ、そうなんだけど! 俺は本気なのに、あいつはずっと笑ってて、俺煽られてばっかで、クッソムカつくから殺してえって思いと、まあ今日一回殺してから来たんだけど、それとはまた別に、なんか、こう、」
「グッとくるのね」
「そうなんだよ! 好きなんだよ。それは認めた! もう仕方ないから。でもやっぱ煽られたらムカつくし、ぶっ殺したいし、でも好きだし、普通恋人にこんなこと思わないよな? 俺病気なのかな? 死んだほうがいいのかな?」
「死生観が狂っとる」
「……一度、目一杯優しくしてみては?」
ずっと静観していたマスターが、ぽつりと言った。
「や、優しく?」
「ドラルクさんは、ロナルドさんの反応が面白くて煽っているんでしょう」
「あー、なるほど! メロメロにしちゃえばいいのね!」
「え、俺わかんない。何、どういう事?」
ぽかんとしているショットとロナルドに、シーニャが解説する。
「煽らせなきゃいいのよ。ドラちゃんが何を言ってきてもグッとこらえて、スマートに接するの。それであんたは真剣に好意を伝え続けるの。そうしたらもう煽っても来ないだろうし、あんたも殺したいって思わなくなるってこと」
「そんな上手くいくかなぁ……」
ショットが言った。ロナルドも同意見だった。第一、あのクソ砂に煽られて、殺さない自信がない。
「これは根競べよ。ドラちゃんがあんたで遊び飽きるのが先か、あんたがドラちゃんを骨抜きにするのが先か。このままじゃ、あんたはしばらくドラちゃんのおもちゃよ」
「し、しばらくの後はどうなるんだよ」
「さあ。ただの同居人に戻るか、他のおもちゃを見つけるかじゃない?」
ロナルドは、暫く振りに想像した。ドラルクのいなくなった生活を。
「やってやろうじゃねえか……」
――絶対に骨抜きにしてやる。見てろよ、ドラ公……!
硬く決意をするロナルドをよそに、聞き耳を立てていたギルドメンバーたちは、どちらに賭けるかで盛り上がっていた。当然、ロナルドは劣勢だった。
(続)
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